
上記のようなコンセプトが記され、それを元に「日本語学習と私」をテーマとして実施した、第十二回・中国の大学生『日本語作文コンクール』の応募作品3360編のうち、1,2,3等賞の46編が収録されています。中国の大学で日本語を勉強している学生が増え続けています。日本語学習を始める「きっかけ」は何だったのか、彼らにとって「日本語とは何か」、日本人と日本人にどのような思いを抱いているのか
この文章は、以前自身のブログに載せた記事です。今改めて読んでも、本当に目頭が熱くなる思いです。私は離婚した父と平穏に日々暮らしていたが、15歳のとき、父は日本人女性と再婚した。 私は継母が日本人であるという事実を素直に受け入れることが出来ず、結婚式の日の夜には、シロという飼い犬を連れて家出した。
父は私に「継母を母と言いたくなければおばと呼んでもいい」言ったが、私は「いいえ」と冷たく答え、そして継母には自分の持ち物やシロに触れさせなかった。
私は、大学の志望を音楽学院のピアノ学部に決めたが、入試を控えた時期に大病にかかり入院した。そして輸血が必要だった私に、継母は自分の血を輸血してくれた。私は意識が回復した時、疲れた笑顔の彼女を見て心が大きく動いた。そして音楽学院に行くとき、大切にしていたシロの世話を彼女に託した。すると継母は目に涙をためて喜んだ。本当はこの時に「お母さん」と呼びたかったが、言い出せなかった。でも冬休みに帰ったら、お母さんと呼ぼうと心に決めた。私の体の中には彼女の血が流れている。この血は母の「愛」と同じではないでしょうか。
私は冬休みに帰宅した。しかし「お母さん」はいなかった。シロを連れて私を迎えに出たとき、急に走り出したシロを追いかけ、車にはねられて亡くなった。悲しみでいっぱいだった私を父は抱きしめてくれた。継母の残された日記には、その日を楽しみにしていたことが書かれていた。
「今日、花嫁になった。夫はやさしいうえ、かわいい娘もいる。幸せ」
「今日、娟ちゃんが帰る。嬉しい。早く料理を作っておこう。彼女と中国語でしゃべりたい。・・・・・」
私は父と相談して、音楽学院を退学し、もう一度高校に戻って日本語を選んだ。
「お母さん、天国で私の声が聞こえますか。お母さんの遺志を引き継いで中日のかけ橋になりますよ」
※実際の本文は、日本人から見れば辿々しいと思われる表現もあります。要約と同時に多少、内容を補完させていただきました。
六十以上の民族、十億人を超える人々で構成されている中華人民共和国。これだけ多種多様な人たちで構成されているので国家としても纏めるのは容易ではありません。そのためのプロパガンダとして反日政策が押し進められているのは須知の事実ですが、私たちが実際に彼らと交流していく上では、面倒でも誤解を解く作業も必要となるでしょう。大森和夫・弘子編著『「中国の大学生」発 日本語メッセージ』(日本僑報社)に収められた一編だ。中国で日本語を学ぶことには、困難も伴う。反日感情がくすぶっている。「反日」を増幅する事件もしばしば起きる。しかし、現実の日本人や日本文化に接することによって「反日」を克服していくさまを描く作文が多い。先の女子大生の物語は、象徴的な例だ。
「中国に親しみを感じる日本人が激減している」という調査結果が先日、報じられた。作文集を読みながら、草の根の相互交流がいかに大切か、を改めて痛感する。
東京都の2005年の人口統計
東京都の総人口‥‥‥1256万 764人
外国人の人口 ‥‥‥ 36万4653人
※中国人 ‥‥‥ 12万3611人
※韓国・朝鮮人‥‥‥ 10万6697人
※フィリピン人‥‥‥ 3万1077人
英語が出来ないとなかなか聞こえてこない話は、結構あります。