ニュースの視点
新聞で気になる記事があったので、取り上げてみたい。
11月14日付毎日新聞余録から。
余録:米国メディア界が大変なことに…
上記記事で取り上げられているのは”アメリカのメディア界”についてだが、余録の内容も少々絡めながら、私が前々から気になっていた”日本のニュースの報道姿勢の在り方”について触れようと思う。
政府に傾倒する安直な報道姿勢
主にテレビ番組だけど、構成の在り方で気になっていることがある。
タイムリーな話題の一つとして、杉村太蔵議員のことが挙げられるだろう。。
杉村氏が先の総選挙で当選してから、今までの議員には無い自由奔放なスタイルがマスコミの注目の的となっている。
杉村議員の持つ普通の青年らしさは、身近な存在として、お茶の間の支持を得ているのは確かだろう。しかしマスコミは、視聴者が見たいと思う報道を組む以上に、伝えなければならないニュースが他にあるのではないだろうか。
大事なのは、杉村議員の一挙手一投足では無い。小泉内閣の打ち出した政策一つ一つのはずなのである。
また、杉村議員はマスコミが仕立て上げた自民党の広告塔ともいえる。小泉内閣がその流れに便乗しているというのが、現在の状況であろう。
小泉首相はマスコミの操舵が上手いと言われて久しい。
実際に先の総選挙ではその結果が、議員当選数に如実に反映された。
小泉首相は、選挙戦の焦点を郵政民営化一本に絞り、刺客と銘打たれた女性候補を、民営化反対議員のいる選挙区に送り込むなど、マスコミに次々に話題を提供していったのである。その結果、マスコミ報道の自民党への傾倒ぶりは、明らかに中立性を欠くものとなってしまっていた。
その他の要因もあるだろうが、結果、自民党は無党派層の支持を集め、得票数では民主党の1.3倍ながら、小選挙区比例代表並立制の特徴とも相まって、当選議員数は約三倍と大差の勝利を得たのである。勿論、武部幹事長が、blog対策の勉強会を開いたり、ホリエモンを取り込んだりと、あらゆる方面に手を尽くした小泉首相の選挙戦に抜かりは無かったと思う。また反面、民主党ほか野党の姿勢が甘かったという側面もある。
野党も今回の選挙を反省し、次回からは次々とサプライズを提供するようになるかもしれないが、自民党の大差勝利の責任は民主党だけでなく報道機関にも課せられるものだと思う。
報道機関に焦点を当てると、
との米メディアの弁と重なる面もあるのではないか。
これは買収があったとか無かったとか、そういう性質のものではなく、報道人としての姿勢に問題があるのではないかという提言である。
限られた時間の中で、中立的に全てのニュースを伝えることは到底無理だが、最近のマスコミの報道姿勢はあまりに安易な方向に流されている気がしてならないのだ。
勿論スポンサー等、外部機関の意向もあるだろう。しかし根本的に圧力に屈することなく、ありのままの真実を視聴者に伝えることが、報道人に本来求められる姿であり、更に時間配分等も充分吟味して番組構成をする必要性がある筈である。
ワイドショーの体制
余録だが、少々気になることなので取り上げてみたい。専門家でもないコメンテーターが生放送でお茶の間の意見を代弁するのが、最近のワイドショーでよく見られるスタイルである。局をこえて多くの番組が同様の体制をとっていることは、お茶の間の支持を得ているという”傍証”なのだろうが、番組によってはその体制そのものが正しいのか再考の余事があると思う。
というのも、コメンテーターの意見は、視聴者を煽動することも可能だからである。最もらしいことをいいながら、結局はコメンテーターの発言が、その報道を締めくくることも多々ある。
コメンテーターが存在することにより、報道従事者であるアナウンサーが、自身の意見を視聴者に押しつけることを防ぐ意味合いもあるだろう。しかし、視聴者の多くが、コメンテーターのそれらしい意見に同調し、知らぬ間に、偏った世論を生み出す危険性もあるのだ。この体制が、報道番組として相応しい形であるのか甚だ疑問である。
11月14日付毎日新聞余録から。
余録:米国メディア界が大変なことに…
上記記事で取り上げられているのは”アメリカのメディア界”についてだが、余録の内容も少々絡めながら、私が前々から気になっていた”日本のニュースの報道姿勢の在り方”について触れようと思う。
政府に傾倒する安直な報道姿勢
主にテレビ番組だけど、構成の在り方で気になっていることがある。
タイムリーな話題の一つとして、杉村太蔵議員のことが挙げられるだろう。。
杉村氏が先の総選挙で当選してから、今までの議員には無い自由奔放なスタイルがマスコミの注目の的となっている。
杉村議員の持つ普通の青年らしさは、身近な存在として、お茶の間の支持を得ているのは確かだろう。しかしマスコミは、視聴者が見たいと思う報道を組む以上に、伝えなければならないニュースが他にあるのではないだろうか。
大事なのは、杉村議員の一挙手一投足では無い。小泉内閣の打ち出した政策一つ一つのはずなのである。
また、杉村議員はマスコミが仕立て上げた自民党の広告塔ともいえる。小泉内閣がその流れに便乗しているというのが、現在の状況であろう。
小泉首相はマスコミの操舵が上手いと言われて久しい。
実際に先の総選挙ではその結果が、議員当選数に如実に反映された。
小泉首相は、選挙戦の焦点を郵政民営化一本に絞り、刺客と銘打たれた女性候補を、民営化反対議員のいる選挙区に送り込むなど、マスコミに次々に話題を提供していったのである。その結果、マスコミ報道の自民党への傾倒ぶりは、明らかに中立性を欠くものとなってしまっていた。
その他の要因もあるだろうが、結果、自民党は無党派層の支持を集め、得票数では民主党の1.3倍ながら、小選挙区比例代表並立制の特徴とも相まって、当選議員数は約三倍と大差の勝利を得たのである。勿論、武部幹事長が、blog対策の勉強会を開いたり、ホリエモンを取り込んだりと、あらゆる方面に手を尽くした小泉首相の選挙戦に抜かりは無かったと思う。また反面、民主党ほか野党の姿勢が甘かったという側面もある。
野党も今回の選挙を反省し、次回からは次々とサプライズを提供するようになるかもしれないが、自民党の大差勝利の責任は民主党だけでなく報道機関にも課せられるものだと思う。
報道機関に焦点を当てると、
米メディア内にも「一部の記者たちは政府にいいように利用され、外から内を暴くよりも、内から外をうかがうインサイダーと化してしまった」との反省が出ているそうだ
との米メディアの弁と重なる面もあるのではないか。
これは買収があったとか無かったとか、そういう性質のものではなく、報道人としての姿勢に問題があるのではないかという提言である。
限られた時間の中で、中立的に全てのニュースを伝えることは到底無理だが、最近のマスコミの報道姿勢はあまりに安易な方向に流されている気がしてならないのだ。
勿論スポンサー等、外部機関の意向もあるだろう。しかし根本的に圧力に屈することなく、ありのままの真実を視聴者に伝えることが、報道人に本来求められる姿であり、更に時間配分等も充分吟味して番組構成をする必要性がある筈である。
ワイドショーの体制
余録だが、少々気になることなので取り上げてみたい。専門家でもないコメンテーターが生放送でお茶の間の意見を代弁するのが、最近のワイドショーでよく見られるスタイルである。局をこえて多くの番組が同様の体制をとっていることは、お茶の間の支持を得ているという”傍証”なのだろうが、番組によってはその体制そのものが正しいのか再考の余事があると思う。
というのも、コメンテーターの意見は、視聴者を煽動することも可能だからである。最もらしいことをいいながら、結局はコメンテーターの発言が、その報道を締めくくることも多々ある。
コメンテーターが存在することにより、報道従事者であるアナウンサーが、自身の意見を視聴者に押しつけることを防ぐ意味合いもあるだろう。しかし、視聴者の多くが、コメンテーターのそれらしい意見に同調し、知らぬ間に、偏った世論を生み出す危険性もあるのだ。この体制が、報道番組として相応しい形であるのか甚だ疑問である。





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